Hajime notes

謎を食べて生きる

『Homie Kei~チカーノになった日本人』を観て

 『Homie Kei~チカーノになった日本人』。高校の同級生がカメラマンをつとめたということで、お知らせを受けて、先行上映会に行ってきた。元ヤクザでアメリカの刑務所に服役経験がある、Keiさんという日本人の姿を、7年間くらいかけて追ったドキュメンタリー映画

 一度SNSで、少し紹介を投稿したのだけど、何となくもう少しいろいろ書いておこうかという気がしてきて、こちらで書いてみることにした。いたって好き勝手に書いてみたいと思う。

 ひとまず、某SNSではこんなふうに書いた。

高校の同級生がカメラマンをつとめた映画だそうで、お知らせを受けて先行上映会に行ってきました。
元ヤクザでアメリカの刑務所に収監経験のあるKeiさんという日本人の姿を7年間くらいかけて追ったドキュメンタリーです。

「暴力」というと無秩序なものと考えがちですが、無秩序の中にも固有の「ロジック」を持っているような気もして、そんなところに興味がひかれます。(「プロ」の「実践知」というのが、ある?)

Keiさんと昔からの友人たちとが、昔したワルいことを語るのが、妙に楽しそうで(Keiさんはそうでもなさそうだったかな?)、なんとなく印象に残っています。ワルさの語りが楽しいってのは、これ、でも、なんとなくわかる。なんなんだろうな。

上映後にトークショーがあって、ゲストは元ヤクザで今牧師の進藤龍也さん。ざっくり言ってしまえば「昔悪かった」というやつですが、私の父も、宗教家でしたが、このアイデンティティを持っていた気がします。「神に仕える(使ってもらう)」、摂理によって物事が「なってくる」、たいていのケースが親との関係に問題がある中で一番は「夫婦が仲良いこと」、なんか父の言葉と重なったりもして、個人的に少々感慨深かったです。

 

 

 さて、「暴力」のロジックに興味がある。ひとまずは「法」を境に、その内と外というものを考えることができそうだ。「アウトロー」という言葉は「法の外」という意味だと思うけど、この観点からその存在に関心を引かれる。

 しかし、法を基礎に考えるとすれば、その法の制定権力のようなものとしては、国家権力なりの方が、もちろんより強大で基礎的なものだろう。アウトローは、その法の制定がまずあった上で、そこから「はみ出る」ものとして考えられる。

 ここで映画の話に戻ってみると、アメリカの刑務所は、その収容者の犯罪の度合いに応じた収容レベルのようなものが5段階ほどあり、上のレベルにおいては、実質的に無法状態にあるというような話があった。例えば、長い刑期に服していて、実質的に出所の見込みがないような囚人にとっては、所内で殺人を起こしてさらなる刑が加算されようが、ほぼ制裁としての意味はなく、よって「こわいもんなし」となる。

 と、そのような話を、先に言った、法から「はみ出る」ということとの関連で考えてみたい。法からの「はみ出し」は、法の外に出ると言うよりは、むしろ、法の中にあった上での(刑務所という「法の中」)、何らかの逸脱のことかもしれない。一つの法が支配する領域を一つの全体社会として考えてみれば、その全体社会の中に各種の中間的な社会や集団があり、「はみ出し」はそこにおけるもののことではないだろうか。

 

 最近、内藤朝雄『いじめの構造』(講談社現代新書)を読んだ。そこで取り上げられているのは学校におけるいじめだが、これをモデルケースにして、さまざまな中間集団における「いじめ」の構造・メカニズムを解明することが目論まれている。

 内藤によれば、単なる単発のものでない、集団的・継続的ないじめが起こるのは、中間集団における「群生秩序」においてである。この「群生秩序」は、上記の刑務所内の「無法状態」と類比的に捉えられるのではないかと思った。

 「群生秩序」においては、それに特有の倫理・規範が存在する。その倫理・規範の下では、例えばいじめることは、それほど悪いことではない。それどころか、ある種の善いことでもある。

 刑務所内での「ルール」として、Keiが、「謝るよりは死んじゃった方がいい」と語る場面がある。こんなのも、その中間社会(刑務所内は全体社会の中に位置する一つの中間社会だろう)における独特の倫理・規範を示したものとして、受け取れる。Keiは、その独特の規範の中で、その規範に沿った才覚を示す人物だった、と考えることができる。

 

 さて、とりあえずは、「アウトロー」が、その字面上は「法の外」を意味するとしても、実際は、一つの法の支配域である全体社会の外ではなく、全体社会の中に位置する中間社会における存在なのではないか、ということであった。

 しかし、ヤクザ等の「アウトロー」は、これとは違ったイメージで語られることがあるのではないだろうか。つまり、字義通り、法の外にいて、何でもできる「こわいものなし」であるかのようなイメージで。(このイメージはイメージで、例えば恐怖を煽るなどの効果に利用されうるのだと思う。)

 ここには、中間集団、中間社会といったものが、実質的に及ぼす影響力というものがあるのだと思う。内藤も前掲書で、「中間集団全体主義」という概念を提唱している。中間社会と全体社会のどちらが、成員に及ぼす実質的な影響力が大きいか、これはそう単純ではないのだろう。

 

 

 さて、ワルさの語りについて。映画の中で、Keiと旧友たちとが、昔のワルさについて語る場面がある。妙に楽しそうではなかったか。ワルさの語りが楽しいものであること、このことには、何らかの真実が表れていそうに思える。

 内藤は、「群生秩序」において、成員が互いの暴力を讃え合うという現象を記述している。おそらく群生秩序の中にも様々な種類がありうるのだろうが、暴力の讃え合いがあるということについては、とりあえず、その集団において暴力に何らかの価値が置かれていると考えてよいと思われる。

 しかし、ワルさ一般ということで考えると、このことは狭義の「暴力」に限らないものに思われる。おそらく、さまざまな中間集団に固有の「ワルさ」がある。(例えば、大学院等で哲学を学んだが、そのような集団に固有の「ワルさ」も、あるように思われる。)その「ワルさ」とは、おそらく、全体社会における倫理・規範とは異なる、その中間社会に固有の価値のことかもしれない。こう考えるならば、その「ワルさ」を語ることによって、中間社会の成員同士は、お互いの結束を確認し合っているのかもしれない。平たい言葉で言い換えてみれば、ワルさの語りの楽しさとは、内輪ウケの楽しさである。

 しかし、もし仮に、その中間集団が自分たちだけに通じる固有の価値を超えて、全体社会(ただし、上では「全体社会」を一つの法が支配する領域として考えていたので、全体とは言っても、世界全体ないし人類社会全体から見れば、その下位領域である)に通じるような何らかの普遍的な価値を標榜する場合には、話が異なるかもしれない。その場合には「内輪ウケ」が真に楽しいものとはならず、その楽しさは、中間集団内の固有の価値と、それが標榜するはずのより普遍的な価値との間で、ジレンマを起こすかもしれない。(なんとなく、Keiはそれほど楽しそうではなかったような気もしたのだが、こういうことが読み込めるかもしれない。)

 映画の一つの柱は、「家族」であった。「家族」は一つの中間社会と考えうるだろうが、これも上記のようなジレンマに晒されうるだろう。だが、「家族」には、さらなる特殊性があると考えることもできるかもしれない。つまり、いわばそれは「内輪ウケ」だけで構成されている、ということ。というのは、それが、何らかの普遍的・客観的な価値や理念でもって構成されてはいない、ということである。この一方で、「家族」における価値は「愛」だと言われるかもしれない。この両方を突き合せて一つの矛盾ない見解を組み立ててみるなら、こうだ。すなわち、家族間の「愛」は、客観的な価値ではなく、語りえないものに仮に与えられた名である。こう考えると、何らかの、語りうる、客観的、普遍的な価値や理念は、必然的に「愛」とは敵対的なものになる。

 Keiが刑務所でその仲間となったメキシコのチカーノ・ギャングたち、その集団は、一つの「家族」であると語られている。「家族」に関して述べた上述のような〈必然的〉なジレンマは、これらの集団にも同様に当てはまるかもしれない。また、「愛」のように、語りえない価値を持つ中間集団も、同様なジレンマを経験するかもしれない(例えば、「信仰」の共同体)。……しかし、それとも、あらゆる中間集団に、この種のジレンマ(つまり、単純に言ってみれば、「愛」と「普遍」との)がある、と考えるべきだろうか。

 

 

 SNSでは書かなかったが、もう一つ、ある身体感覚について。刑務所内が実質的な無法状態だと語るKeiの言葉に即して、そのような状況を想像するに、たしか、腹の辺りがゾワゾワするような感覚を覚えた。自らにいつ暴力が襲いかかってくるかもしれない状況。恐怖や不安の感覚かもしれないけれど、不安一般とは区別できる、特有の感覚であるかもしれなかった。この感覚に耐えて、過ごす時間を考えると、これまた、恐怖や憂鬱の感覚を覚えたりも。

 これ以上のことは話が今の所広がらないけれど、何かしら特徴的な感覚で、何らかの興味深さはある気がしたのだった。もしかしたら、以下で書く、「何でもなさ」「退屈」のこととつながるかもしれない。つまり、このような身を震わされるようなことは、転じて「楽しさ」でありえ、「退屈」をなくすようなことでありうる、というようなつながりで。

 

 トークショーゲスト進藤さんの、元ヤクザ、今牧師という肩書。「昔は悪かった」というアイデンティティ。これは、個人的なことで、亡父を思い起こさせるものであった。

 ここから、突飛かもしれないが、あるいはもしかしたら重なるかもしれないことで、思い起こすものがあるが、それは「何でもない」ということ。あるいは、日常生活、ないし、あるいはいわゆる平凡な市民生活のようなものの、「退屈さ」のようなもの。

 暴力にはある種の「派手さ」がある。別様の、もっとかしこまったような言い方で言えば、「祝祭性」があるように思われる。もっと単純な言い方で言えば、暴力の「楽しさ」。

 Keiさんも、そしてトークショーゲストの進藤さんも、そして、宗教家であった亡父も、関わっているであろう「支援」という文脈がある。進藤さんがトークショーで仰っていたが、つぐないのためだけの真面目さ・更生は、いつか燃え尽きる、バーンアウトしてしまう、と。おそらくは、それ自体に楽しさがないような活動は長続きしないという意図の発言であったかと思う。

 ドラッグ依存等のことなども思い起こすが、「支援」において、「暴力」が持っていたであろうような、あの「楽しさ」「祝祭」との関係性を考えることは、本質的なことではないかなと思う。いわば、アレに匹敵するような「楽しさ」「お祭り」がなければ、長続きしない、という。

 

 私であれば、例えば、「哲学」は、そうした「楽しさ」「祝祭性」を持ちうるものだと聞いて、なんてそれは(よいことだろう)、と思ったのだった。ここには「暴力性」も本質的に関わるかもしれない(例えば、何かを破壊すること)。(そしてまた、このことは、哲学にとって、もしかしたら「不純」なことかもしれない、とも思うが、これはまた別のことである。)

 そして、「文化」の中にはこうした「暴力的な楽しさ」を持つものがそれこそたくさんあるのだと思う。たぶん。これとの関係性を考えることが「支援」にとって、きっと本質的なことだろうと思う。単純に言ってしまえば、被支援者を「文化」へ導くこと、であるが、そう単純に言ってしまってよいのか、まだ私は知らない。(もしかしたら、ここで引き合いに出すべきは、文化の、あるいは生活の、「平凡な楽しさ」かもしれないが。)

 

 

 最後に、まとまらないながら、一応まとめておこう。たぶん、三つくらいのことを書いた。一つ、「暴力」の存在論について。それは「暴力」と言っても、ある種の組織的暴力のことだと思うが、その社会の中での位置づけについて。いわゆる「アウトロー」を、「法の外」ではなく、「法の中」の中間集団であると考えた。もう一つ、中間集団の持つジレンマについて。集団内における「愛」と、外の普遍的価値とのジレンマ。もう一つ、「暴力」の楽しさ、「祝祭性」について。それらの、「支援」との、あるいはまた、支援が接続するものであるはずの、文化的な暴力性、あるいは生活や文化の平凡さ、退屈さとの関係性。

 

 最後に宣伝の一端を担って。2019年4月26日よりヒューマントラスト渋谷で公開だそうです。ご関心のある方はぜひどうぞ~(^_^)/

路上哲学日誌18/9/10

 ひさびさの更新。路上哲学、street philosophyに行ってきました。

 まずは時系列的に振り返ってみたいと思います。

 少し前に、ストリートミュージシャンはあるけど、ストリートフィロソフィーってあんのかなーとか考えてました。哲学カフェとかの哲学対話の活動にも参加したことがあるけど、もう少し別の形で、ストリート(路上)での哲学対話だったらどうなんだ、みたいな興味もあって。じゃあともあれとりあえずやってみるか、ということで、場所は電車で一本、大都会の渋谷へ。

 途中、スケッチブック等、道具の買い出しで百均へ。あと、大道芸人よろしく投げ銭も募る感じでいこうかなと考えてたので、投げ銭箱も探す。虫かごがフタもついてちょうどよさそうだったので虫かごと肩ひも用のリボンを購入。レジのおばちゃんにむき栗を勧められ、断るも、あ、お菓子いいかもなと思い、配布用にマシュマロを購入。

 さて、ハチ公前の簡易ベンチのとこで、準備。スケッチブックには「路上哲学やってます。あなたの謎教えてください。Street philosophy now. Tell your enigmas.」と書く。書くのにも勇気、そこから踏み出すのにもまたなかなか勇気がいる。

 なかなか踏み出せないでいると、英語で話しかけられ、ここでご飯を食べても大丈夫か?と聞かれたので、大丈夫と答える。ややあって、一人目はその人に話しかける。In English。 スウェーデンからの旅行者で、Janiさん。

 まあ趣旨は理解してもらえたようで、meaning of life(人生の意味)や infinity of space(宇宙の無限性)について疑問に思う、と。問いの形にしてくれないか、とお願いすると、「What is God?」としてくれた。スケッチブックに記入。神は存在するかという問いとは違うよ、と言ってた。存在するとかしないとか、それは何について言っているのか、ということらしい。街頭で宗教の話をすることは大丈夫か?スウェーデンでは大丈夫だけど、とも気にしていた。マシュマロを渡す。こちらの問いも尋ねられた。「言葉はなぜ意味を持つのか Why does language have meaning?」。それから向こうがセルフィー(スマホの自撮り)を求めてきたので、オッケーする。今頃どこかのSNSに上がっているかもしれない。君がまだやっていたら後でまた会おうと、別れる。

 ボランティアだろうか、おばさま方3人が掃除をしておられ、スケッチブックを見て、勉強してるのねぇ、のような反応。ついでに話しかけ、何か謎はと尋ね、「これからどうなっちゃうのか」「何がですか?」 結局問いとしては「これから世の中どうなるのか」としてスケッチブックに記入。税金払ってきたのに国に将来を任せておけるのか、自分で何とかしなきゃいけないのか、とかいうことみたい。

 さて、スケッチブックのメッセージ片手に、歩いてみる。やっぱり面映いものがある。交差点を渡って反対側へ。女子二人連れに声掛け。高校生。えー謎なんかなーい、みたいな。今日は武道館へライブに行くとのこと。楽しんできてくださいね、でお別れ。

 壁際に立っていた金髪の日本人女性に声かける。最初は拒否され、いったん引き下がって、再度アタック。そこから意外と話が続き、もらったお題は「人はなぜ人を欲するのか」「なんで一人で生きられないのか」(アサミさん)。自分の方の問いも尋ねられたので、しばらく考え、「なぜいまはいまなのか」。

 結局「なぜいまはいまなのか」で30分以上話したろうか。その内容も書くべきかな。なるたけ簡単に。「これってどういう意味?」「2018年が今で、2008年は今じゃない、どうして2018年が今なんでしょう」。「時間が動くから、2008年は今じゃなくなった、ってことじゃない?」「「時間が動く」ってどういうことでしょうね?」「現在のインプットがある。それは過去になる。人は新しいものを求めているから、次々に新しいのが来る」「いま言ったことって三つの別のことでしょうか、例えば、現在のインプットだけがあって、新しいものが来ないというのは考えられますかね? あと、求めてるから新しいのが来るんですかね、求めなくても来る気はしませんか?」「待って、そもそもの問いが何だっけ、うーん、なぜ今か、今を生きるのが人間だから、じゃダメかなぁ」「過去に生きるとかってありうるんですかね?」…「わかんない、むずかしい。でも楽しいかも」。頃合いを見て、「この辺にしときましょうか」。

 最後別れる際「楽しかったよ」と言ってもらえたので、「お気持ち」の方もお願いしてみる。小銭を入れてもらう。やた。

 終わってボーっとして、吉野家へカレーを食べに。

 その後ハチ公前の辺で何人か声をかける。座っていた男性は拒否。若い女性二人から「ハチ公前のトイレはなぜくさいのか」。「そういう問いもいろいろ考えられると思いますよ」と言ったけど、問いをもらうだけで終わり。マシュマロ渡す。若い男性(コバヤシユウさん)から「男女の友情関係はなぜ築かれないのか」「人はなぜ生まれたときから決まった成長をするのか」。マシュマロ渡す。さっきの女性たちも、いきなり問いと言われてもねえ、という反応はあり。コバヤシさんは、なんか願望みたいのになっちゃうなぁ、とも。フムフム。問いを作る、自分の中にある何かを問いの形にするというだけでも、一つの労力、一つの作業かもしれないもんな。

 あとはまた女子高生二人、だいぶ怪しまれてる様子で何もないです的反応。他に、お兄さんが謎です的な反応をもらった女性二人もいた。「はは、そうですよね」。(でもこれも実はちゃんと問いにしてもらうこともできたのか。「なぜ路上で声かけるのか」「路上で声かけるのはなぜ奇妙なのか」?)

 昼過ぎから初めて、そろそろ4時。雨もちょっと降ってきており、ああもう疲れたかなーということでボーっとして、じゃあ帰るかなと。また来てみたいと思えたら来てみるか、てな感じ。

 もらってスケッチブックに記入した「問い」は5名からもらった6、7個といったところ。声かけしたのは10人くらいか。

 収支。支出(道具、交通費、昼食)1338円。収入244円。差引、-1094円の利益!(笑)、と。

 *

 さて、あとは自由に振り返ってみる。

・どういう形式で行うか、いろいろ練る余地はありそう。とりあえず、問いをもらう、時間があれば一緒に考えてみる、でやってみた。

・もらった問いをスケッチブックに記入して「貯めていく」みたいなのは自然発生的にそうなった。問いを尋ねるのに「謎」という言葉を使ったが、どうなんだろう。「問い」の方がやはり普通かもしれない。

・こちらの問いを聞かれたり、他の人はどんな問いをという反応もあったりしたので、ここも考えどころかもしれない。お互いに問いを交換する、みたいな観点。交換の相手は、一つは自分と、もう一つは、自分が声をかける人同士の。

・声をかける人同士の横のつながりについて。実際一人かまあ二人連れくらいのグループに個別に声をかけるわけなので、通常は、その人たち同士の横のつながりは、ない。スケッチブックを見せるという仕方で、前の人の出した問いを見せることはできる。でもそれだとかなり限られた感じ。

・今回は結局お一人くらいだけど、問いをもらった後の、対話における個別性(つながりのなさ)も。哲学カフェなら、多人数の多様な観点が出てきうるけど、やはり一対一の対話になりそうで、そこでどの程度柔軟に応答できるかという…。いやもちろん、「柔軟に」応答するのが望ましいかどうかという点から、考えうるけど。

・場を作る、横のつながりを作る、という点で、ネットの利用は考えられる。ブログとか、SNSとか。それらの存在を路上での話題の中に最初から組み込めるとしたら、また違うかもしれない。あとはもっとyoutubeとか。路上哲学チャンネル、でyoutuberデビュー(笑)。一人だとむずかしいような気がするな、カメラマンさんが必要そうだよなー

・自分の問いを持っていく、それを問いかけてみる、というのも考えるに値する点。そもそもの、自分が哲学をすることや、人と哲学対話をすること、それらの意味に関わる点。

投げ銭はどうなのかなー。せっかく「楽しかったよ」と言ってもらえたのに、お願いまでしてしまって、悪くなかったかしら。改めまして、アサミさん、ありがとうございました。

・銭の話に戻せば、何となくそういうゲンキンな回路を持っておく方がよいような気もする。永井均先生もツイッターでそんなことを言っていた。「要するに、哲学対話のようなことをする人が金銭的価値を超えた何か特別に大切なことをしていると思い込まないことが大事、ということです。」(@hitoshinagai1) https://twitter.com/hitoshinagai1/status/1034240764014784512

・コバヤシさん(その他の方も)の、いきなり問いと言われてもなぁ、願望みたいになっちゃうかも、という反応も、一つ考えうる点かも。普段から問いを抱いているという場合は少ないかもしれず、問いの形にするというのはそれだけで一つの労力、一つの作業かもしれないわけだ。とすると、そこで「問い」の形にするということにこだわるのがいいのか、そうでないのか。「問い」の形にするのは哲学に必須の作業だろうか。

・あとは何と言っても、多くの人に声をかけること、それだけでパワーがいる。友人から、公共空間ではお互いに無視し合うマナーがあるのでは、という指摘をもらったけど、そうじゃないかと思う。(社会学で「儀礼的無関心」という用語がある。)そのマナーを破るところに、パワーがいるんだろうし、またここには「暴力性」みたいなのも考えうるんだと思う。しかしまあ、もともとそういうことへの関心も自分の中に含まれていてのことだけど。

・ちょっと敷衍してみたい。哲学カフェ等の哲学対話の活動は、そもそもが学校・大学(アカデミズム)等の権威の相対化の運動だったかもしれない。では、哲学カフェでは権威が無になるかと言えば、たぶんそんなことはなく、いかなるものであれ、集団を組織することには必然的に働く権威性みたいのがあるんじゃないだろうか。そこででは、路上みたいなところだったらどうか。そこは何の権威の介在もなく、個人と個人が裸で出会うところだろうか。
 裸の出会いとは何かということも問題だけど、それは措いておくとして、路上が裸の出会いかといったら、たぶんそうじゃない。そこは公共空間で、様々な力(権力)によって秩序が保たれているように思われる。無秩序の例としては、極端かもしれないけど、さりとて典型でもあろうものとしては、犯罪がある。そこまでいかずとも、まあ通常のレベルにも、儀礼的な、マナーとしての無関心があり、そこを破るのは、ある種の無秩序や暴力性でもありうるだろう。
 さて、一方に権威性の高まりがあって、もう一方に権威性の低まり、無秩序・暴力性みたいのがある。こんな感じの力学をどうなってるのか見てみたい、みたいな関心もありました。そしてもちろんこの中で「哲学」というのがどうなるのか、どう働きうるか、みたいな。

・と、こんな関心もあったりしたので、あとまあ普通に哲学対話の仲間・先達として、哲学カフェとかも参考にしたいところかもしれない。自分でやるのも含め、視野に入れたい。上で言ってた場作りとも関連する。路上とカフェの両輪とかもありかもしれない。ただまあここでは、上でも少し触れた「自分の問い」との関連も忘れたくないところだ。

・(この項は後から編集にて補足)実際の路上活動では、まあ慣れていないということもあるだろうけど、圧倒的な情報量に晒される感じがある。そんな中で哲学対話だったり、上記のような関心を持って、自分の関心に関わる情報にフォーカスするのは、かなりの技術というかを要する気がする。ここら辺は、「前線」を退いた後の「銃後」における作戦の練りどころだろうな。ただでもその、圧倒的な情報量におけるところの、即興性、これもきっと醍醐味にちがいない。

・後半、長く話し終えた後に、声を張ることがむずかしくなったかも。のどパワー。

・あと、発展形として、土地柄の選別とか。とりあえず渋谷はいっぱい人もいるし、ヒマしてる人もいそうと思ったので(あとまあアクセスがいいので)行ったけど、そこはいろいろ試す・味わう余地がありそうだ。

 さて、全然まとまった感じじゃないけど、とりあえず。次回はあるのかなー笑

結婚

 結婚しました。ブログの更新が滞っていたのですが、結婚について、書きたいなと思う気持ちもあり、でも何を書くか、書けない気持ちもあり、たぶんそんなのが理由の一つです。

 さて、かねてから交際していた恋人と結婚したわけですが、結婚ということで、一緒に生活を始めました。共有する時間が増えることで、当然、互いへの知見も増えます。

 そんな中で一つ、信じたくなっちゃうのが、「全てのことが発見に満ちている」ということ。これは、「信じていること」ではなく、「信じたいこと」でもちょっとなく、一番正確そうなのが「信じてしまいそうになること」。

 さて、もちろん、そんな時ばかりではないのです。「きっとどこかに発見がある」、そんな“意味づけ”が何も働かないような、そんな気がする時もやって来る。辛抱の時。それを越えて、“意味”を見出した(ように思えた)時の喜び。

 というわけで、さまざまな発見や熟成の日々を過ごしていたために、そしてそんな発見を言葉にする暇もなかったために、の、停滞だったかもしれないのですが、しかしまた、その、言葉にすることのできない、あるいは言葉にすることが追いつかない、そんな発見ということ。

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 以前に天理教バーをやったイベントバーエデンの店長宮内さんが、イスラムの信仰の半分は結婚にある、と言っていたことがありました。あと半分は何かたぶん単に聞いてないですが、ともあれ、これはちょっとふんふんと思うものがあった。上のことを考えたときに、ふと思い出した。

 性と生殖。人間の、身体、あるいは、自然に根付く側面。自然は、それを言葉で把握することもできるが、しかし、言葉とは独立に、それ自体で存在し、それ自体の動きを持つもの。精神は、なぜかそれに根付いてもいる。一方で、精神のもう一つの領域としての言葉の領域。

 人間社会を、動植物の生態系のようなものとして眺めることができるんじゃないか、と思ったことがありました。倫理的生態系の学、と呼んだりして。人間社会の構造、その本質の洞察。「全体」への視座。もしかすると、これは、宗教的なビジョンかもしれないな、と思ったりします。いやたぶん公正に言おうとするなら、宗教的とは限らず、非宗教的なそうしたビジョンもあるのでしょうが、また宗教は単に歴史的にそれ(ビジョンの提示)を担うことがあっただけなどと言うこともできるのかもしれませんが、個人的な感懐としては、それ(「全体」への視座を提供すること)は宗教的なことだよな、と思うものがあります。

 宗教とは何か。それがまず第一義的に「真理」に関する事柄であるなら、その「真理」とは、先に述べた「全体」(への視座)に関わるものに思えます。しかし、その「真理」は、事の本性上、その確然的な証明がありえないような真理なのだろうと思われます。であるがゆえに、それは「語りえない」事柄に属す。

 ここで、先ほどの、性と生殖、あるいは結婚、そこにまつわってあるように思われた「発見」、それが「語りえない」こと、そのこととつながってくるように、思われる。いわば二つの「語りえなさ」がある。それらを対照的に考えるとすると、いわば、上への語りえなさと、下への語りえなさ。神の事柄は、上に語りえなく、そして、何と言うのか、身体・自然(精神の自然的側面)の事柄は、下に語りえない。

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 先に「信じてしまいそうになる」と呼んだのは、「全て発見に満ちている」という事柄でした。さて、これは、「信仰」に似ていないか。「発見」という“意味”を信じること。これが「信仰」であるとすれば、そこにおける「無信仰」もまたあるのではないか。とすればそれは何か。

 上への信仰と、下への信仰。上への信仰における「無信仰」は、世界「全体」の意味を信じないことだろうか。とすると、下の信仰における「無信仰」は。「生活」の意味を信じないこと? 「愛」の意味、「愛」を信じないこと?

 私は、信仰したいというよりは、信仰について知りたいと思っていて、つまり信仰について哲学したい、と思っている。それで、信仰についてと同時に、無信仰についても知りたいと思っている。では、愛についてはどうだろうか。私は、愛したいというよりは、愛について知りたいと思っていて、つまり愛について哲学したい、と思っているだろうか。(だから同様に、愛の無さについても知りたいと思っているだろうか。)愛することと、愛について知ることは、同じことだろうか。それとも、ここで比べるべきは、愛することと、知りたいと思うこと、つまり知ることを愛すること、だから哲学すること、それらのことだろうか。

 いやしかし、愛したいということと、愛することは、違うだろう。それでもちろん、信仰したいと、信仰する、も。愛したいなんて言ってる間に愛せばいいじゃん、て感じがする。「愛されるよりも~愛したいマジで~」という流行歌の歌詞が思い浮かんだ。マジでそうだよね~ワライ

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 性的な快楽が何であるのか、なぜそれが快楽であるのか、このことは「語りえない」事柄に属すのではないか、と思うことがある。より一般的に言うなら、つまり、身体、精神の自然的側面における事柄。だから同様に、例えば、食の快楽についても。もちろん、美食的批評的な「語り」がその「何であるか」を解きほぐしていこうとすることも、可能ではある。しかし、どこまでも降りて行けることと、一番下に達することができることは、違う。いやこう言うべきかもしれない。そこでは、「語り」になりうるような「理由」は底をついてしまう。「理由」が底をついて、それ以上に知りたいと思う「理由」を提供できない。(ここでは、あの、「規則のパラドックス」が連想される。ウィトゲンシュタインはこの底つきを「岩盤で鋤がそり返る」と表現している。)
 ――下への語りえなさ。

 宗教については、その、人間社会的、組織的、制度的な側面も気になる。倫理的生態系の学、と言ったが、ビジョンを提供するものも、そのような生態系の一部でもある。生態系の中で、ビジョンを提供するという役割を担うもの。宗教に喜びがあるとすれば、それはやはり第一にはビジョンの「真理」の喜びで、それはビジョンの比喩をそのまま通して言うなら、見る喜び。(宮内さんがブログで、宗教・信仰の喜びの第一を「真理」にあるとして挙げていたと思う。これも示唆的だった。)
 さてでは、見る喜びだけでなく、行う喜びもあるだろうか。もちろん、そうなんだと思う。(ここでは、宗教、その社会的側面、について考えている。)「弱く虐げられた者に仕えること」だったか、そんな言葉を聞いたことがある。それもそうなんだろう。しかしたぶんそれは、ビジョンに裏打ちされてこそ、という側面もあるだろう。
 配偶者との生。これが信仰の半分なのだとすれば、どうか。もちろんそれが行う喜びであるなら、良いだろう。しかしこの「近さ」においては、おそらくはそれより遠くにいる「弱い者」に対するよりも、より、ビジョンなどなしにできるものがありそうではないだろうか。自然に赴くままに、などと、単純には言えそうなもの。
 ――「見る」に比しての「行う」。「近さ」と「遠さ」。

 「全体」のビジョンと、そうでない、あるいは盲目的にも見える、ミクロな、この単なる「見え」、そういう意味での小さな、極小のビジョン、その二つの、極大と極小のビジョンが、何らか、相即すること。これは何か、ありそうなことに思えて、しまう。これは信仰的なことだろうか。〈私〉が〈世界〉(「全体」)につながること。ここに「信仰」があるとすれば、先に「信仰」について言ったこと、全体への視座、特に全体の“意味”ということと、これは、どう関係するか。
 また、これがその信仰の「ある」ことなら、その「ない」こととはどういうことだろうか。それが無信仰ということだろうか。
 ――〈私〉と〈世界〉。“意味”。……

 *

 というわけで、妻に。これからもよろしくね♡

父の5年忌に際して

 一度、同じタイトルの文章をアップしたのですが、どうにも長大なものになってしまい、なんとなく座りも悪く、書き直すことにします。長大になってしまったのは、いろいろ関連して思いつくことをそのまま書いていたからですが、タイトルが表すことの、元々の趣意を省みれば、たぶんそんなに大層なものではないような気もして。(以前の記事は、タイトルを変えておくことにします。迷いましたが、そのまま残しておこうかと思います。)

 *

 実家の教会のこと、そして、父のことについて、いろいろ考えてきました。父はがんで亡くなったのですが、その前後、そして、亡くなってから。

 父の「体罰」のこと。教会の「住込みさん」のこと。「人だすけ」のこと。そこにあるように思われた「暴力」という問題のこと。それらについて自分に「悲しみ」(あるいは怒り)があって、それを表すことができなかったこと。

 それらのいちいちについて、考えていくことは、おそらくこれからもまだ自分の中では引き続き続いていく気がするのですが、おそらくそれをこのような仕方で「書く」ということについては、「もういいや」という感じが強いのです。

 *

 前回書いた文章について、その主旨だけを抜き出す感じで、振り返ってみたいと思います:

 自分の「悲しみ」は、そうした上で書いたような物事に関してあったと思うのですが、それは最終的には「信仰」ないし「父の信仰」というものの中で考えられるものになる気がします。「信仰」や父という一個人にあった信仰というものを考えるとき、それは最終的に、その「何であるか」が「開かれたもの」である、そのようなものである感じがする。そして、それは、おそらく、私自身のこれからの「コミットメント」がどこにあるかということを抜きにしては語れないのではないか。自分自身のコミットメント、これを私自身の信仰と言い換えることもできるかもしれませんが、それとの関連で、と言うとき、一つあるのは、「私の信仰」と「父の信仰」が異なるということ。これはある意味では当たり前過ぎることかもしれないのですが、ここに、「自立」ということ、それゆえの「別れ」ということ、そしてそれゆえの「悲しみ」があるということ。このときの「悲しみ」は、以前の、「父の信仰」に対する「悲しみ」とは異なります。言うなれば、過去向きの悲しみではなく、別れて別の道を行くという、未来向きの悲しみというか。

 私を実地に知る方々に聞かれることを思うと、何となく、「自立」だなんて、いまさらそんなことを、と、恥ずかしく思う気持ちも湧きそうです。しかし、それが、私の現在なのかもしれません。

 *

 「もはや「何」でもない」という言葉を、前の文章では使っていました。

 それは一つ、過去の悲しみは、もはや何でもないものになろうとしつつある、ということ。もちろん無に帰したということでなく、歳月が、感情から、その衝迫する力を抜き去っていった、そのような意味です。

 また一つは、自分自身のコミットメント――上ではそれを「信仰」と言い換えてみましたが――というものを考えるとき、それがいまだ何ものでもない、形のないものであるということ。ここでは「もはや」ではなく、「いまだ」なのですが、それでも、過去向きの悲しみが未来向きのものに変わった、そのような意味で、もはや「いまだ何ものでもない」ものへと変わった、わけです。

 最後に。前回の文章の最後で、「存在することそのものへの悲しみ」について、書いていました。それは、そのように言ってしまうこともが「不純」でありうるような、それほど、「何」とも言えない、「透明」なものである感じが、あります。自分としては、ここに「哲学」を向けたい。この水準に、照準を合わせたい。この水準に照準を向けて、哲学したい。そのような感じがあります。

 「何である」とも言えないような、そうした透明な「かなしみ」に照準を合わせて、このこともまた、「もはや「何」でもない」ということなのだ、と思えるわけでした。

 *

 父に。冥福を祈ります。元気でやってます、それなりに。どうぞこれからも、家族共々、見守っていてください。

──もはや「何」でもない悲しみについて

【以下は、一万字余りの長い文章になっています。元々、以下拙記事のタイトルで書いていたものです。「父の5年忌に際して」(こちらの記事で、以下の主旨については説明しています。)あまり長くなってしまい、消そうかとも思いましたが、先の記事で以下に出てくる言葉を使っていること、また一興もあるかと思い、残しておきます。】

★★★

 今月末で、父が亡くなってから、ちょうど5年が経つことになる。いろんな感慨がある。ちょっと、書いてみたい。

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 少し前に、ブログにアップするつもりで、文章を書いた。「反対の悲しみ」という語がタイトルに入るつもりだった。実家の教会や、あるいはとくに父に対して、悲しみを感じること、その悲しみについて書いたものだった。「反対の」というのは、父が主に「信仰」に対して抱いていた思い(であると私に感じられるもの)と、その結果とが「反対」になってしまっている(と思えるものが私にはあったのだ)ということだった。

 結局アップしないまま、この文章を書いている。

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 父はある意味「一途」な人だった。そのことは、私や、家族にとっては、とくに、「人だすけ」ということで、教会で多くの「住み込みさん」の世話をしていたこと、そのことを通じて感じられるものかもしれない。

 このことを、どう“受け取る”か。ホームレス、や、ヤクザ者、と形容されるような、そうした人々を相手に、「人だすけ」という信仰上の事柄を全うしようと、奮闘すること、そのことに「素晴らしい」という声もあったと思う。

 私は、なぜか、その営みを「問題視」する気持ちの方が大きかった。そして、その「問題」は、「暴力」という点にあるのではないか、と考えたりした。それは例えば、主に子供に対する「体罰」という問題だったり、あるいは、その他の、例えば日常的な言葉遣い等の、関係性に対するものである。(もっと考えていくなら、「関係性」とは、例えば経済的な関係性のことなどは、それなりに“大きな”問題だろう。しかし、私にとって、とりあえず問題として映ったものは、それよりもより“日常的な”関係性についてのことにあるように思えたのだった。)

 「体罰」ということで言えば、私にも父からの体罰の経験があり、そしてその経験は、「心の傷」となっているようなものがあるように思われた。そのことに関して、あるとき大きな気づきが訪れたように思えた(それを母方の祖父に話したことは以前に書いた。当ブログ「祖父たちの思い出」)。それを話したとき、叔父は、信仰や教会運営を受け継ぐということに関する、私にあるであろう「プレッシャー」ということを言っていた。

 (そのときは、その気づきのことを、私の心に起きた出来事として“単純に”取ってもらいたいという気持ちが強く、叔父のその言葉に対しては、否定的に答えたのであったが、)たしかに、将来的なことを考えるときに、教会との関係は、私にとって“無関心”ではいられないものだったのだろう。

 もちろん、そのような“関心”にどのように対処するか、人によって様々でありうるだろう。(当時の)私にとっては、その関心を突き詰めてみようとするときには、一つ、「暴力」という問題に突き当たるように思われたのだった。

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 教会における「暴力」を考えるとき、それは「教育的な」暴力と言えるように思われた。「住み込み」の方たちは、教会において、ある種の「教育」を意義として、そこにいるように思われたから。また、子供に対する「体罰」の問題もしかり。

 「教育的な暴力」が前提とする「教育」の観念、父の抱いていた観念に、どこか偏狭なものがあったのではないか。アップしなかった文章は、そのような趣旨で書いていた。(先に述べた「反対の」とは、つまり、一途な思いからなされたものが、偏狭な観念により、その結果が捻じ曲がってしまうこと、そのようにして最初の思いと結果とが「反対」になってしまうこと、ということであった。)

 ただ、今は、そのような語り方に対して、ちょっと「もういいや」という感じが強い。父のしたことをどう「受け取る」か、父のしたことが「何であったか」、それを「問題視」して、“批判的”に見ること。そのような「批判」は、たしかに、可能だし、然るべき仕方ではそれなりの意義を持つように思う。

 おそらくは、また少し、自分の関心が変わってきているのだと思う。どういう関心かと言ってみれば、おそらくは、「コミットメント」について。


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 「コミットメント」と言ったが、それを「批判」ということと関連づけて言うなら、ひとまずは、コミットメントを共有しつつなされる批判と、そうでない批判、そのような区別が思い浮かぶ

 このようなことが浮かぶのも、ちょうど、ツイッター天理教関係の方々の間で、そのような話題を目にするからでもある。教会制度に対する「批判的」な意見がまま見られ、あるいはまたその「批判」に対する「批判」など。――私は、自身の関心も、そのような「批判」に接続するような何かを感じもする。しかし、私の場合、まず問題なのは、より身近の、より足下の事柄であった、実家の教会、そしてここに書いているような父についてのことであった。「コミットメント」というものを考えるのは、私が、実家の教会、天理教、信仰といったものについて、自分のコミットメントがどこまで及ぶのか、あるいは及ぼすつもりなのか、それを自問するからかもしれない。――

 信仰や教会制度に関する「批判」を考えたとき、そこにおける「コミットメント」の有無において、区別を考えることができるだろう。信仰そのものと、教会運営に携わることとを区別して考えるとして、例えば、信仰について、それを共有するものとしてなされる批判と、そうでない批判との区別。あるいは、教会運営に関してなら、運営に携わるというコミットメントを共有しつつなされる批判と、そうでない批判、という区別。

 「人だすけ」ということにも、同様のことが言えるだろう。そこにある関係性を、ある種の「教育」関係であると考えるとして、その教育関係に携わることは、ある種の責任を伴うものだろう。そのような責任を引き受けること、そのようなコミットメントを、共有するか、否か、ということ。共に責任を担う者としての批判なのか、そうでないのかという区別。

 コミットメントや責任を共有しない批判をなすべきでない、などと、言いたいわけではない。「外的な」批判も、相応の意義を持ち得ると思われる。しかし、やはり、「内的な」ものを優位に考えたくなるかもしれない。(その理由の内実を述べることは、以下で少々試みている。)


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 少し、思考を巡らしてみたい。

 「コミットメントを持つ」あるいはそれを「共有する」とはどういうことだろうか。

 これに関して、信仰と哲学という二つの営みの差異について、何事か言えるように思った。両者は、「何」へのコミットメントを、「どのように」持つか、そのような観点から、述べてみたい。

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 哲学が、哲学である限り持つような、何らかのコミットメントがあるだろうか。何もない、と言ってみたいところだが、おそらく、そうではない。哲学が、「考える」ことであるなら、それは「考える」ことが考えることである限り持たざるを得ないコミットメントを、持たざるを得ない。

 思考や、思考の表現において、「言語」の関わりは、本質的である。そこにまた、「真理」や「意味」(あるいは「論理」)といった概念が、本質的に関わらざるを得ない。

 多くの論議がありうるだろうが、簡単に言ってみれば、例えば、こうだ:思考や、その表現は、真理を目指した(そのことにコミットした)ものであらざるを得ないし、それが何事かを意味するということを目指した(そのことにコミットした)ものであらざるを得ない。(あるいはまた、論理に従うということを目指した(そのことにコミットした)ものであらざるを得ない。)

 しかし、ここにおける「コミットメント」は、通常のそれとは違って、意識的に選択することができるようなものではないと思われる。というのは、それを意識的に選択しないことができないであろうから。選択しないことができないのであれば、選択することもまたできないであろう、というような意味である。およそ営みがある限り無いことが不可能なものとして、それは「コミットメント」とは言っても、その語が通常含意するような「意識的に選択できるもの」ということとは、かなり異なるものとなるだろう。

 このような、コミットメントと言えるかどうか微妙な事柄を除いた上でのことならば、哲学にはいかなる外的に課されるコミットメントもない、とは言えるかもしれない。

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 それに比して、信仰とは、それ自体がある何かへのコミットメントであるような、そうした何かであるように思われる。またそこにはおそらく、選択ないし決断という契機があるだろう。(その選択が通常の「意識的な選択」と同じであるかは、問題にしうるにしても。)

 しかし、信仰のコミットメントは、それが「何」へのコミットメントであるのかということ、それの内容が「何であるか」ということに関して、特殊なものであるのではないか。その「何であるか」について、それを思考すること、それを言葉にして語ること、そのような思考や語りが捉える「何であるか」ということを、究極的には超え得るところにある、そうしたコミットメントではないだろうか。

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 哲学は、思考が、「何」を思考しているのか、その内容が「何であるか」という内容規定性に関わらざるを得ない。もちろん哲学も、その「何であるか」を語り得ないような、そうした「語り得ないもの」へと迫ろうとするだろう。しかし、「何であるか」、そうした内容規定性を、どこまでも引きずっていくだろう。

 信仰も、そうした「何であるか=内容規定性」から、全く離れてしまえば、おそらくは空虚で、信仰自体の自殺行為ともなるだろうが、しかしそこから飛び出る「ジャンプ」の可能性をも、その本質として、色濃く持っているように思われる。

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 信仰は、その本質を、語ることによりも、行うこと、行為に持っている、上の事情をこのように言うことができるかもしれない。逆に哲学は、どこまでも語りから離れることができない(で、おそらくは、どこまでも「行為以前」に留まるかもしれない)。

 このように考えるなら、両者は、或るものの「何であるか=内容規定性」ということを巡って、異なりはする。しかし、違いがそこにおいてあることは、裏を返せば、両者の類似性とも言えるかもしれない。というのは、どちらも、「何であるか=内容規定性」から、完全に離れることはできないが、他の人間的諸活動とはおそらく違って、「何であるか=内容規定性」の〈根幹〉に関わらざるを得ない、というような意味で。

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 そのように考えてみると、この両者のような活動における「批判」の営みを考えるとき、次のようなことが言えるかもしれない。両者が「何であるか=内容規定性」の根幹に関わる営みである限り、両者における批判は、ある出来合いの「真理」や「意味」からのものであることはできない。いやもちろん「できる」のでもあるが、そのような批判は、ある制限されたもの、外的なものに留まらざるを得ない。内的な、「真正の」と言い得べき批判は、そこで従来の営みにおいて謎のままに留まっていたであろう、「何であるか=内容規定性」への洞察を、新たに与えるようなものになるだろう。


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 話を戻そう。父のしたことをどう「受け取る」か、それは「何であったか」、そういう話の流れであった。それは、おそらく「人だすけ」ということであったが、ではその「人だすけ」とはいったい何であったのか。

 「人だすけ」ということを、ごく一般的な仕方で考えるなら、それは他者との倫理的な関係性のことと言えるだろう。

 そのようなことが「信仰」と関わらざるを得ないものかどうか、それは、わからない。しかし、それが、往々にして、あるいは、ときには、そのような「信仰」という領域に関わりを持ち得るものとなる、とは、言えるかもしれない。

 それが「信仰」と関わってあるなら、上で述べたように考えるなら、それは、その「何であるか=内容規定性」に関して、常に未決に留まる、新たな可能性に開かれたものかもしれない。

 父のした、「人だすけ」、それの「何であったか」ということは、それが「信仰」と関わるものであるなら、究極的にはそのような「開かれたもの」としてあるだろう。おそらくは、このように、私は現在考えているのだと思う。

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 「暴力」の問題。それももちろん、上のような関連で考えるなら、「開かれたもの」になるだろう。

 ただ、単にそう言って終わりにしてしまうことは、できないことのように思われる。それが、その「何であるか=内容規定性」に関して、「開かれたもの」であると考えることは、それをそのまま野放しにしてもいいということとは、異なるし、またおそらく異なるべきことだろう。

 それが「何であるか」。信仰というものが常に「開かれたもの」であり続け、その限り、その「何であるか」を規定し得ないとするなら、信仰とは別のものが、その規定可能性を担うことになるだろう。この別のものを、ひとまず、ごく一般的な意味で、「法」と言ってみることができるかもしれない。少し話は逸れることになるが、以下少々敷衍してみたい。

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 暴力は肯定されうるか? あるいは、(教育的な暴力としての)体罰は肯定されうるか? それは「法」の定めるところにより、裁定されることになる。

 おそらく、このときの「法」は、歴史的なものである。そのあり方は、歴史を通じて生成するものであり、歴史を通じて普遍的なわけではない。しかし、このことによって「法」の正当性が損なわれるわけではない。「開かれたもの」であり続けることと、その都度その都度の裁定が可能であることは、異なる。そして、「法」はまた、公共的なものでもあるだろう。「信仰」が究極的には、個人の内面に属すもの、あるいは個人と神との関係性のことであるとすれば、それは「公共性」を裏切る側面を持ちうるのではないか。だから、このような側面においても、「法」は「信仰」とは異なる領域を担うものとして考えることができる。

 (「法」が、それ自体宗教的なものであるのか、非宗教的なもの(世俗的なもの)であるのか、ということは問題にしうるかもしれない。上のことは、そのことに関わりなく言えることであるように考えている。つまり、「法」がそれ自体宗教的なものであれ、非宗教的なものであれ、それは、いまの文脈においては、上で言う「開かれたもの」に留まらざるを得ない「信仰」とは、別の存在であるということ。)


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 「父の5年忌に際して」という割に、散文的?な文章かもしれない。そうではない方面?にも、少し。いや、“も”ではなく、それこそが元の趣旨であるはずのものだったのかもしれないから、それに“立ち戻って”。

 「悲しみ」について。それは「何」の悲しみだったか。

 「反対の悲しみ」というタイトルを含んだ、アップしていない文章では、その悲しみの内容を、思いと結果とが捻じれた「反対」のものになってしまっている悲しみとして書いていた。そこに「暴力」という問題が絡んであるように、思われていた。

 今回、上のように書いてみると、しかし、「悲しみ」は、おそらく、より根源的には、「コミットメント」についてのものである。

 おそらくは、コミットメントを共有しない、共有できないという悲しみ。

 父を、その信仰心を強く取って思い描くことは、父を「信仰者」として思い描くことであり、そのときの父のコミットメントとは「信仰」であるということになるだろう。そう思い描くなら、その「コミットメントを共有しない」こととは、「信仰を共有しない」ことということになる。

 「信仰」と訣別する哀しみ。そのような観念を抱いたこともあったように思う。

 しかし、今は、また違ったふうに考えている。確かに「父の信仰」を共有できない悲しみは、あったかもしれない。しかしそれは「信仰」を共有しないこととは、また別のことである。「父の信仰」と「信仰」とは、重なりこそすれ、同じではないだろうから。

 こう考えてみるなら、より一般的な仕方で言ってみるなら、父との訣別の悲しみは、他者と「信仰」において訣別する悲しみ、その一事例だと言えるだろう。そこにおける訣別は、もちろん、信仰と無信仰における訣別であるかもしれないが、あるいは、あくまでも、信仰内における訣別かもしれない。おそらくは、そのどちらであるのか、それを決することは、「信仰とは何であるか」ということを考えることに不可避に関わることになるだろう。


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 また話は逸れるが、少し違う観点から。言葉の「はばかり」に関すること。(別記事で書いたようなこと。「言葉の「はばかり」について」)

 他者との「別れ」の悲しみ。そのようなケースの単なる一事例と考えれば、あまり“大仰に言い立てるべきでない”事柄のような気もする。このような、ブログに書くなど。

 あるいは、単なる他者に留まらず、親子関係における問題だと考えても、そうだ。「信仰」というものが関わるにしろ、要は、親子間の「自立」の問題だろう? それはあまり“大仰に言い立てたり”しないで、“そっとしておくべきもの”、“秘すべき”ものじゃないか?

 というような、「はばかり」の念、あるいは(どこからでもない)声、を無視しつつ、あるいは抗って、書いている。(いや、正確に言うと、「抗う」必要が出てくるのは、書くことに対してよりはむしろ、書いたものを「公開する」ことについてであるが。)

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 また少し違った仕方で言ってみるなら、そのような「言葉にすること」「語ること」は、ただ粛々と“行うこと”であるべきものかもしれない。つまり、その“地”の語り以外のことを語って、その当の語りについて何らか「正当化」したり、「意義づけ」たりしようとすることなく。

 言い過ぎることを惧れつつ、それでも言ってみるなら、このような“個別的・具体的”なものに言及することが、私には、私の場合には、重要に思えたのだった。事柄に即した部分で。

 ――ここでまた、「私の場合には」ということと、「事柄に即して」ということが、拮抗するだろう。つまり、言い換えるなら、あくまでも主観的個人的な事柄なのか、それとも、客観性ないし公共性のある事柄なのか、ということについて。「信仰」というものは、その“接点”のような部分にあるのではないか、と、私は考えている……。

 言葉にすることの「はばかり」に関することについては、以上にしておこう。


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 いやに長々とした文章になっている。もう少しで終わりにしたい。

 「悲しみ」が何であるのか、それについて、コミットメントを共有しない、共有できない悲しみ、と述べていた。

 親子関係ということを、ごく一般的に考えるなら、それは、そのようなある何らかの「コミットメントを共有する」という観念、さらに言えば幻想、を基にしているような、そういったところから始まる関係である、などとということが言えるかもしれない。

 そのように考えるなら、「自立」とは、そのような、幻想的なコミットメント(の共有)からの自立であるだろう。そこには「別れ」がある。

 哲学について述べた所で、哲学は、言葉を使う限り持たざるを得ないコミットメントと関わらざるを得ない、と書いた。ここにおけるコミットメントは、言葉を使う者が、言葉を使う者である限りで、共有せざるを得ないものだ。親子間の別れというのは、ある意味ではそれより“小さい”ものと考えることができるかもしれない。言葉を使う者となるということは、新たに、他者として出会うということかもしれない。一方での「別れ」は、他方における新たな「出会い」となる。もちろん、その新たな出会いにも「別れ」がないわけではない。その別れとは、一つには、「言葉を使わない者となる」ということであるだろう。「死」とは、その意味での「別れ」のことでもある。しかし、それでも、「死者」がまだ言葉を語るということは、ありうる(ように思われる)。

 「信仰」においては、どうか。それは「死」という「別れ」を越えるものでありうるだろうか。「信仰」においては、「死」は別れではない、それは、大いにありそうなことに思える。死者は言葉を語りうるだろうか。言葉にならざるところに信仰がありうるのであれば、「信仰」においては、言葉に拠らずとも「出会い」がありうることになるだろう。

 コミットメントを持つこと、あるいはそれを共有することにおける、出会いと別れ、ということであった。そこにおける悲しみ、ということであった。

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 ここで「暴力」について、最後にもう一度。「暴力」、それは、コミットメントがあるからこそなされるものでありうるだろう。しかし、それは必ずそのコミットメントがコミットする事柄とは「反対」の効果を生んでしまうものだろうか。そうだとすれば、やはりそれは“悲しい”ものに思える。……しかし、このことはまだ考えていくことになるだろう。(暴力一般に関して言えば、そこでも、コミットメントを共有しない者同士の間の暴力と、共有する者同士の間での暴力を、区別できるだろう。教育的な暴力は、後者の一例であるだろう。両者は、言うなれば、敵対者間の暴力と、仲間内の暴力、と言えるだろう。前者については、この文章では、取り上げられていないだろう。それについて言ってみるなら、ある意味では当たり前かもしれないこととして、人はときに、「敵」同士であらざるを得ない。……これは、どういうことだろうか。……)


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 「悲しみ」。

 それは、「何」についての悲しみであっただろうか。上では、最終的に、コミットメントにおける別れの悲しみだと言った。このようにして、私は、それの「何であるか」を語った。私は、自分の「悲しみ」について、その「何であるか=内容規定性」に即して語った。

 あるいは唐突かもしれないが、次のような疑問が、浮かぶ。――「悲しみ」が何であるかを語った、ではさて、そのことは「本当」のことだったろうか? ……いや、もちろん、嘘を語ったつもりは、あまり……?、ないけれど。

 では、最後に。――「何」についての悲しみでもない、そういう悲しみがあるだろうか。そういうものがありうるとすれば、それは限りなく「透明」な悲しみであると言いうるだろう。

 子供の頃、夜眠るとき、布団の中で、三つの場合があった。一つ、性的な妄想に耽ること、一つ、ただ悲しみに暮れ涙を流すこと、一つ、安らかに眠ること。

 このこと、この三つのことのそれぞれと、そしてこの三つのことがあるということ、どれも興味深いことに思える。

 ただ悲しみ、涙を流すことがあった。それは、何に対する悲しみであったろうか。記憶をたどれば、その、「何」に対するものか、その質的な感じを思い出すことができるような感じはする。しかし、それが「何」についてのものか、その「何」を言葉に表すことは、到底できそうにない、そのような感じもする。

 もし、言うなれば、いわく、存在することそのもの、あるいは、存在そのものに対する悲しみであったろうか。(哲学の師匠である永井先生には、そのエピソードについて「哲学的だね」と言ってもらったことがある。ただし、そのとき、エピソードを語っただけであって、「存在することそのものに対する悲しみ」という言葉を使ったわけではない。)

 「かなしみ」を「愛しみ」と書くこともできる。「何」という内容規定性を超えるとき、「悲しみ」は、もはや、そうした“区別”を超えるような何かであるかもしれない。

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 父について語ること。それは、もう「どこ」にいるわけでもない父に対して語ることでもあるだろう。言葉で語る限り、それは「何か」であらざるを得ないけれど、その「語り」はやはりもはや「何」でもないものに支えられてあるのだ、と、私は考えたくなってしまう。